気にしすぎじゃない?

 ゆらゆらと立ちのぼる白い湯気が、キームン特有の独特の香りを鼻孔に届ける。
 出来の良い香木で燻したかのようなスモーキーな香りと、シュガーシロップのような甘い香り。相反する香りのようで、しかしながら複雑に絡み合い、絶妙なバランスで豊かな香気を作り出している。それはまるで、いま目の前に居る男がもたらしている状況のようではないか、と、凛は茶杯を傾けながらぼんやりと思った。
「――ということがあってだな、凛、君からも、あの戯けにひとこと言ってやってくれないか。私が何度注意しても馬耳東風、馬に蹴られて死んだほうがまだマシなのではないか、と本気で考える始末だよ」
 などど、ここにはいない人間への文句をのたまっているアーチャー。
 普段であれば聞き流しているところだが、屋敷の大掃除が一段落したタイミングで、まあ聞いてくれ、とばかりに気に入りの中国茶葉を持ち出されてしまえば、まあ聞いてやるか、という気持ちにもなるというものだ。
 それに、この手の話の場合、相手は別に助言を求めている訳ではない。日々溜まった鬱憤を吐き出したいだけ――否、アーチャー本人は気づいていないだろうが、凛からすれば、これは惚気以外の何物にも聞こえなかった。態度こそ、衛宮士郎への忌ま忌ましさを演出してはいるが、
「まったく、あの調子では、自分の身を滅ぼすだけだといつまで経っても分からないんだ、あの馬鹿は。自分がどれだけ周りの人間に心配をかけているのか、全然理解しない」
 と、アーチャーはアーチャーで、先程からこの調子である。
 美味しいお茶に免じて耳を傾けてやろうと思って聞いていたが、そろそろ指摘してやらねば、別の意味でアーチャーも身を滅ぼしそうだと、差し出された二煎目はそのままに、凛は口を開いた。
「アーチャー」
「うん? どうした、凛。キームンは、香り高い茶葉だ。しかもこれは、中々良い品質のもの。二煎目以降も楽しめるのだよ。敬遠するのは飲んでからにしてくれたまえ」
「ええ、そうね。まだまだ良い香りが漂ってくるし、勿論それは後でちゃんといただくわ」
「?」
 文字通り、はてな、と首を傾げるアーチャーを見据えて、ふう、と凛は小さく溜め息を吐いて、続ける。
「あなたの心配も最もだけど、気にし過ぎじゃない? 好きな人の一挙手一投足に目がいっちゃうっていうのも分からなくはないけれど」
「……凛、君はいままでなにを聞いていたんだ?」
「なにって、惚気話でしょ?」
「惚気てなどいない!」
 うがー! と食ってかかってきそうな元従者を尻目に、凛は先程アーチャーが供した二煎目の紅茶に口をつけた。
 ――うん、甘みがさっきより増している。
 にんまりと上がりそうな口角を茶杯の影に隠して、馬に蹴られて死なないように注意しなくちゃ、と、目の前で絶賛墓穴を掘りまくっているアーチャーに、凛は目を細めた。

(了)